事故が起きたのは、 1978年2月28日の夜 西船橋発 中野行きの
5000系 10両編成の 最後尾2両が竜巻に煽られて 脱線横倒しになり
20名以上の乗客が怪我して病院に運ばれ 3月2日に東西線は
運転を再開しました。
脱線した 電車を撤去する際に 横倒しになった
クハ5818+モハ5252を真っ二つに切断しないと撤去が出来ない
状況でこの電車は廃車になり 同年12月に クハ5818+モハ5252の
5000系 10両編成の 最後尾2両が竜巻に煽られて 脱線横倒しになり
20名以上の乗客が怪我して病院に運ばれ 3月2日に東西線は
運転を再開しました。
脱線した 電車を撤去する際に 横倒しになった
クハ5818+モハ5252を真っ二つに切断しないと撤去が出来ない
状況でこの電車は廃車になり 同年12月に クハ5818+モハ5252の
2両は、戸袋窓無しで製造されました。